勝訴!フランク三浦の社長・下部良貴は名門高校出身!プロフィールがすごい。

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2016年4月12日、「フランク三浦、フランク・ミュラーに勝訴!」のニュースがネットを駆け巡り、ネット民を騒然とさせたことは記憶にあたらしい。

そうなると気になってしょうがないのが、

一体誰や!そんなオモロイ時計を作ったのは!!

ということで、伝説の(?)時計、「フランク三浦」を製造する会社、ディンクスの社長・下部良貴(46)について調べてみました。

フランク三浦を愛用する芸能人について知りたい方はこちらの記事も参考に。

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フランク三浦勝訴!その内容は?

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こちらがフランク三浦の時計。

ん???なんか見たことある??

そう、フランク三浦は、あの有名なスイスの超高級ブランド時計、フランク・ミュラーのパロディ時計。

実はフランク三浦、2012年にきちんと商標登録済みなのだ。

それに待ったをかけたのが、フランク・ミュラー。

これを受け特許庁は「フランク三浦はフランク・ミュラーへのただ乗りだ」として、2015年に登録を取り消し。

この判決に納得がいかなかったフランク三浦側が知財高裁に提訴し、

「多くが100万円を超える高級腕時計と、4千~6千円程度の低価格商品の『三浦』を混同するとは到底考えられない」

とのコメントし、フランク三浦側が勝訴した、というのが今回の判決の経緯。

フランク三浦の社長、下部良貴氏のプロフィール

そのフランク三浦の社長、下部良貴氏のプロフィールはこちらの通り。

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生年月日:1970年9月13日
血液型:O型
出身:PL学園高校 → 大阪学院大学
        高校・大学とも硬式野球部で活躍
経歴:大手商社にて高級時計の営業に携わる
        2001年にディンクスを設立

なんとまさか、甲子園出場でも有名なあのPL学園高校出身、しかも硬式野球部でキャッチャーをつとめていた。

日中、どれだけハードな練習を重ねようとも、水は食事の時しか飲ませてもらえなかった。厳しい寮生活。先輩のユニフォームの洗濯は、後輩の重要な仕事。大切なユニフォームは手洗いしか許されない。
引用元:日経ビジネスオンライン

3年間辛い練習に耐えたが、甲子園出場はかなわなかったとういう。

大学卒業後もずっと野球を続けていたが、野球以上に打ち込めるものが見つけたかった下部良貴氏は転職を繰り返し、パチコン店の景品の時計を海外から輸入する会社に入社。

そこで時計と出会ったそうだ。

下部良貴氏の時計にかける情熱がハンパない

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下部良貴さんが31歳の時、中国に渡り時計を作ってくるという司令が下る。

これが下部さんの転機になり、これまで超高級な機械式か、安価なクォーツ式かの選択しかなかった腕時計に、

「手に届く機械式時計」

という分野を確立したのだ。

中国の工場に何度も泣かされながら、毎日根気よく電話で自分の思いを伝え続け、

新婚にもかかわらず、部屋に引きこもりネットで時計の情報を探る毎日。

ネット上では時計マニアにも様々な意見を求めたようだ。

工場が火事になり、出荷用の船が沈んだこともあるそう。

MADE in CHINAのフランク三浦誕生

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こうやって、数え切れない試行錯誤を経て、下部良貴氏はフランク三浦を完成させる。

しかしながら、「天才時計師」「フランク三浦」など、パロディのセンス満点のブランディングには下部良貴氏の苦労など一ミリもにじみ出ていないのがすごい!!

とある雑誌のインタビューでは、こんな笑いを交えて開発秘話を語っている。

──天才時計師フランク三浦さんですか?
そやで。大阪出身やけど、東京にもちょくちょく来とんねん。せやけど渋谷はさすがに西成と全然ちゃうなあ

──開発のきっかけを教えてください。
2010年やったかな。それまではまともいうか、セレクトショップに並んでるような50~60万円くらいするオリジナル時計をOEMでコツコツつくっとってん。そやけど2008年にサブプライムのアレで業界がグダグダになってしもた。そこで業界にいっちょ爪あと残したろかい、言うことで作ったんや。

──大ヒットさせようと思ってました?
売ろうとか、儲けようとかは一切考えへんかったな。企画中ずーっとわろてたわ。

引用元:週刊アスキー

このインタビューも、下部良貴氏の苦労話を知ったうえで読むとまた違って聞こえる。

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このMade in Chinaも、完全非防水のスペックも、

フランク三浦社長、下部良貴氏が苦労の末に作り上げた傑作だったのです。

フランク三浦のパロディ商品が作られたら?という質問には

「とりあえず連絡とって『ツイッター使って炎上商法やろうぜ』って持ちかけますね。『ボケ』『カス』『似さすな』って言い合って。お互いにそんなんやったらおもしろいじゃないですか」
引用元:東スポWeb

と答え、いつも笑いを忘れない心の余裕と懐の深さが見え隠れしているように感じた。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

高校時代からの野球への情熱を、安価な機械式時計への制作へと転化させ、その苦労を一ミリも見せず、ハイセンスなパロディと独自の世界観で爆発的にファンを増やし続けているフランク三浦。

管理人も一つ買いたくなりました。とさ。

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